記: 1995年7月15日著
利己的か利他的かどちらかの人の★指向性を決定するための第3密度の授業の目的に関して。
これは、授業というよりもむしろ選択のように見えますが、これは、実の所★実体が学ぶ最初の授業です。 ★この選択をおこなうことなく、またはこの授業を学ぶことなく、実体は、知識と成長の進路を前進することができません。
何故、これはそうなのでしょうか?
学校の低学年に踏み入って、少しの間、教師が教室から出たときに何が起こるのかを観察してください。
混沌。
まさにそのように、第3密度の実体達は、★つまらない口論にすべての時間を費やすことに気付きます。 いくつかの状況の内の1つが然るべき所にある時だけに高等教育は前進します。
規則は、見上げているか話しているどの生徒も打って罰せられる点で、過度に堅苦しくなる可能性があります。 これは、★利己的な者がこの指向性の人々に課す解決策です。
別の解決策は、学生達を分離し、その結果、教師から監督権を力ずくで奪うよりもむしろ★学習に熱心な学生達が分離されます。 これは、支配権を獲得するよりもむしろ学習に熱心な利他的な者達が、★他の者達への完全な支配を獲得するまで満足しない者達から分離される“変容”がとる解決策です。
